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越後妻有 大地の祭り

2007年07月31日 20:28

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大地の芸術祭アゲイン!
あのダイナミックな芸術体験、妻有郷の暑い夏がなななななんと今年も開催。明日から1ヶ月間!

昨年の第3回をもって終了となるはずだったこのイベント。あまりにも素晴らしくって、これほどの存在になっちゃって、このまま「はい、村興しでした」で済ませるわけにはいかんやろとの世界中の声を受けて次回2009年も開催が決定したのが昨年。んで、正式なアナウンスを聞いた春には泣きそうなくらい嬉しかった。そんでもって調子に乗って今年もやっちゃうってんだから楽しい。妻有の人、夏はコレがないとダメな体になっちゃった模様(笑


   ↓ 詳細はこちら ↓

越後妻有 大地の祭り2007夏





基本、昨年のアンコール企画らしい。恒久展示作品+ワークショップ+日替りイベント。

そりゃあのレベル毎年やろうったら大変。昨年行きそびれた作品に気に入った作品、可能な限り見て回ろう。写真も撮って、なんだったら泊まっちゃおう。やー楽しみ!

昨年はこんな感じでした。
大地の芸術祭 妻有アートトリエンナーレへ行く2006は21編



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妻有アートトリエンナーレへ行く その21

2006年10月02日 13:20

ふう。


なかなかの廃校でした。なにがナカナカなのかわかりませんけどもね。

この鉢集落、その地形といいすれ違う住民の方の表情といい、そんでもって中心にあるこの学校の雰囲気にもってきて山間集落全体の佇まい、そのありようの全てがとても印象深い。今までのどの集落とも違う感触。これは確かなことに思えるし、夕暮れがなおのことそういう気分をたかめてくれたりもする。

平らなところが全然無い。見渡しても、見上げるか見下ろすか。すり鉢の底にいるような、なにかとんでもなく遠くへ来た感じ。実際この私自分自身が自分の足で歩いてるのに、その様子をもう一人の私が上から眺めていて意識もそっちの私っていうか。んで、歩いてる私は私で見下ろしてるもう一人の私を意識している。同時に私自身が二つの意識を持っている。なんだいこりゃ。ここはいったいドコ?私はダレ?ってか。



なーんか不思議。どーもヘン。
イヤじゃないんだけどこういうのは初めて。
なんだろな、ここ、磁場とか狂ってんじゃねえか?きっとそうだ(笑





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妻有アートトリエンナーレへ行く その20

2006年10月02日 12:56

なんともいえませんな、この気分。

見ちゃいけないもの見ちゃった、でもないけどなーんかそんな感じ。たばこ一服して仕切り直したい気分だよ。ちょっとグッタリ。


入れ替わるようにカップルが中へ。


「ひひゃっ!」


声にならない女性の悲鳴。やっぱりね(笑






さて。

問題の気は隣のここから漂ってます。




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妻有アートトリエンナーレへ行く その19

2006年10月02日 12:30

夢のように純でかわいいくも美しい兵庫の女の子の手紙に、心洗われるとはこのこと。
そんな女の子もあと10年もしたらエロビデオに出たり風俗店だのに浮気もさんざんするようになるんだから人間わからないというか面白いというか。






さてさて、奥の部屋になにやら妖気漂ってますぞ?
ん、違うな。妖しいっていうより怪しい。こりゃかなりのパワー感じます。

入ってみよう。







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妻有アートトリエンナーレへ行く その18

2006年10月02日 00:00

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いやしかし死体の写真の死体は見事な死に方だなぁ(ややこしいねん)
ただの悪い寝相じゃああはならんて。

それでは1階の奥へ進んでみよう。
ここ、ここ。楽しみにしていた絵がありますねん。




里山ストアハウス Vivian Reissさん作




フランスの方?いや、絵の明るいタッチからして意外とカナダとか。




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妻有アートトリエンナーレへ行く その17

2006年09月30日 01:47

気を取り直して次に向かうはまたも廃校、旧真田小学校。
えらくくねった山道さんざ上って、螺旋階段みたいな村道を下りていく。おいおい、まるで迷路だな。帰り道わかるのかなってちょっと不安になる程にこの鉢集落の構造というか道が面白い。

あ、そうか、それで「鉢」なんだな?



たどり着いた廃校。

 

うーーんっ!ちょっと待てーい!

なんかちょっとね、微妙にイヤな空気してますよ?
ちょっとどころかほら2階ですよ。強烈に一カ所うめいてるんですけどー!(T_T)


あー、ここはあんまり気が進まないなぁ。。止めとこっかなぁ。
でも見たい絵があるんだよなぁ。。


なんていうんだろ、全体は朗らかな空気に包まれてるのは確か。なのにミョ~に悲しみが強いんだよね。

こりゃ意図的になにかやらかしてる作品があるんじゃないか?きっとそうだ、うん。
あのですね、良いのに混じってちょっとかわいそうな時間が閉じこめられてます。悪いけどこれは言い切ります(苦笑






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マジで、クルマ降りてすぐには近づけない。あーこういうのイヤなんだよな。
さすがに入るの躊躇ってしばらくグラウンドから眺めてみる。


うん、外は平穏かな。


ちょうど出てきたひと組のカップル。


「あ。。。。」(←ぎょっとする私の中の声)



彼女さん・・・
つ、連れてきちゃったね・・・(合掌&苦笑


あ、でも、ありがとうございます。(ってことになるわけです)




いやね、なにも私オカルト好きじゃあないから。
ってか、そんなんいっこも理解しない。笑い飛ばす価値すらない。

でもね、ここは私と同じ感じ方をした方も多いと思うよ?
特に女性はまず平常心でいられないはず。2階のあそこね、作者さんの悪ふざけじゃないといいんだけど。。



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妻有アートトリエンナーレへ行く その16

2006年09月29日 00:38

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旧三ツ山小学校には、いや、ここになにか居た。 ” 最後の教室 ” にも ” 名ケ山写真館 ” にも居たんスけどもね、なにが居たのかはまあ置いときましょう。


「見える人」なんスよ、私。妄想癖とかちょっとココおかしいよねぐらいに思っていただいて結構、こんなの誰にどう説明してみようもない。ってか、理解してもらおうとも思わない。ただ、中学3年の春に見えるようになった。あの時のことは今でもはっきり覚えているし、 その後にはそのせいでかなり苦しむ時期もあった。19歳の時にちょっとしたことがあって、そういうモロモロもある程度コントロールらしきことができるようになった。ま、そういうこと。それだけ。



” 最後の教室 ” の体育館での写真いっぱいにあるオーブ。写真というのはフィルムであれデジカメであれ、空気と湿度と塵と光のある地球上でレンズというものを使う以上は条件揃えば必ず起こる現象ですね。少なくとも、いわゆる心霊写真ではない。
心霊写真ではないけども、でも写真にはなにかが写るのもこれまた事実。光学現象で説明できないことも、ある。




あのページの写真は消して、データごと抹消すべきとのご指摘をいただいた。
おっしゃるところよーくわかります。あの写真そのものは私に言わせればまったく普通のオーブ現象でしかないものの、現場はそらもう大変な状況だったもの(苦笑
ご指摘くださったHさんもあそこで散々な目にあったそうで、まあそれは無理もない。あれだけのテンションとエネルギーだもの、そりゃあ彼らだって、、ねえ(笑

ただ、私はあの廃校も名ケ山写真館にも「悪いの」が居たとは思わない。むしろ暖かかった。優しかった。そんな時人間の身体は生理現象としてどうしても寒く感じたり痛くなったりするわけですけどもね。私は特にこの旧三ツ山小学校で見た(見えた?)「時間」達がとても暖かく、すごく幸せな気持ちになれた。なんかしたらルンルン気分で次の作品に向かったんだもん。


悪いのは、次回エントリあたりで出てきます(苦笑


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妻有アートトリエンナーレへ行く その15

2006年09月27日 00:52

カセットプラントに彩られた旧三ツ山小学校。ここはホントに気に入っちゃって、ぜひとも再訪したい。会期終了で作品が無かろうとたとえ鍵が掛かっていようと、忍び込んででももう一度あの学校の教室や廊下に身を置きたい。それほど凄いエネルギーが渦巻いていたとも思えないし一体なぜこうも惹かれるのか自分でも説明つかないのだが、とにかくあそこにはなにかがあるのだ。

昨日は山口 啓介さんの「光の庭」だけを紹介し、それがこの廃校のすべてであったように誤解されてしまいそうだが実はもうお二方の作品もあるのだ。あるどころか1階から入れば普通はそのまま1階から見て回るわけで、私もここで最初に見たのはこの作品。





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妻有アートトリエンナーレへ行く その14

2006年09月26日 00:37

筋を変えて再び山間部へ。めざすは三ツ山集落の廃校。

なんでもこの集落、なんとわずか5戸しかないそうな。冬なんてどんな暮らしぶりなんだろ。除雪車とか入ってきてくれるんだろうか。

実は私も、地区は違うがこういう山間部の元旅館だった民家を買わないかとのオファーがあるのだ。冬を別とすれば環境は最高に思える。旅館たって昔の街道の商人宿で、ちょっと大きい旧い民家そのもの。水回りはもちろんのこと地震の傷跡からなにから改修は必要なのだが長岡への通勤は1時間もかからないのがやけに現実的。
なにしろ静かで山が丸見えで敷地も庭も広く、伝統的な日本建築は眺めてるだけでも美しい。柱なんてもう、なんでこんなに太いん?ちゅうくらいのたくましさが嬉しい。家じゅう空気が動くから夏も嘘のように涼しい。縁側の見本のような立派な板張りのあのスペースで池と背景の山を眺めながらの夕涼みなんてのは実に贅沢な時間に思えて妄想ルンルンでもあるが。あるが、あるが。。。


やっぱりさ、そういう過疎地に住むって並大抵のものじゃあないんだろうことも容易に想像つくってもん。他の住民様との付き合い方や、そもそも受け入れてもらえるかどうかという問題。住んだら住んだで、自分のことだけで済まないだろうし。なにも隠れるようにひっそり暮らしたいわけじゃないのだが町に住むのとじゃあらゆる面で違うこと、特に地域・集落との絡みは相応の覚悟となにより私自身がそういうバイタリティを持ち合わせているものかどうか。。いやはや。



そんなことを意識させられたりもする山間の集落歩き。

旧三ツ山小学校。初めてなのに見たことあるようなツンとくる佇まい。折しも午前の晴天が嘘のように重い雲がたれ込めてきてなんともいえない雰囲気漂うわけです。









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妻有アートトリエンナーレへ行く その13

2006年09月20日 00:30

次のお目当ての作品は隣りの山だ。んが、隣りたって山伝いには行けないのでいったん平場へ下り筋を変えて、道程約10kmってところか。

これがいい。


” 次の作品へ行こう ”

ひとつの建物ん中に作品並んでるわけじゃないからね、集落単位、あっちこっち。その移動も、歩いていけるならまだいい。隣り、ひと声10kmっしょ?


こうして移動しながら、今見てきた作品、歩いてきた集落の余韻に浸り、整理し、いったんサラになって次の作品に突っ込んでいく。地図みて頭に入れて、あとは黄色い看板頼りにキョロキョロしながら同時に里の景色に包まれゆく。


「ほんとにこの道でいい?すげえ細いっスよ、マジですか」
「あ、間違えたァ~。まだ真っ直ぐだ♪」

「看板出てこないねぇ。。」
「あった!発見しましたァ!」



この感覚はとっても新鮮。すっごく楽しい。
これも大地の芸術祭ならではの美術鑑賞体験。まさにTour de Tsumari。
景色変わって、作品変わって。今日なんて天気も変わった。うーん、ダイナミック。


でもって、目的地への道中にノーマークの作品があったりする。

「ついでに寄ってくか?」


この「ついで」気分がまた良いのだ。
けして、せっかく来たんだからいっぱい見ていくのだ的貧乏くさい感覚じゃあない。

そんな「ついで」んちに印象深い作品があったりするから、これまたたまらん。
ホント面白いねえ、大地の芸術祭。











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