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妻有アートトリエンナーレへ行く その15

2006年09月27日 00:52

カセットプラントに彩られた旧三ツ山小学校。ここはホントに気に入っちゃって、ぜひとも再訪したい。会期終了で作品が無かろうとたとえ鍵が掛かっていようと、忍び込んででももう一度あの学校の教室や廊下に身を置きたい。それほど凄いエネルギーが渦巻いていたとも思えないし一体なぜこうも惹かれるのか自分でも説明つかないのだが、とにかくあそこにはなにかがあるのだ。

昨日は山口 啓介さんの「光の庭」だけを紹介し、それがこの廃校のすべてであったように誤解されてしまいそうだが実はもうお二方の作品もあるのだ。あるどころか1階から入れば普通はそのまま1階から見て回るわけで、私もここで最初に見たのはこの作品。





IMG_0801.jpg











しずく 本間 純さん作




暗くてわかりずらい写真で恐縮ですが現場が暗いんだからしかたないのだ。

教室、半分がおもむろに風呂というかプールになってますよ。そして天井に浮かぶ雲のようなものからゆっくりとした間で滴が落ち、ポチャンと波紋が広がる。静かな空間に音ひとつ。


ただそれだけ(笑


いやいやいや、それだけだなんて失礼な。
なんとも思わせぶり、なにやら想像をかき立てられるインスタレーションじゃあないかい。まず、この雲はあれですな、地図ですっかりお馴染みになりましたここ妻有そのもののカタチ。

滴ってのは、なんですかね、涙?それじゃ普通過ぎるかな?


暗く、恐ろしく静かで、いんやまあ入っていきなり教室が水でしょ、意外性とともに実に不思議でいてぐぅっと引き込まれるこの空間。えらく落ち着くのね。いや、落ち着くっていうか縛り付けられる。



ぽちゃん


・・・・・(水面揺れる)



ぽちゃん




・・・・・





IMG_0802.jpg







隅にあるこれまた思わせぶりな椅子。

あれ?学校の椅子ってこんなに小さかったけか?


勝手に座っていいものか知らんがあるんだから腰掛けて眺める。



窓からの白い明かりと暗い水面のコントラストに、なにかこう子供達の元気な声が音もなく見えるよう。



そうだよね、ここに居たんだもんねぇ。










2階に上がってみる。






IMG_0806.jpg








田毎の月 ー 華 自在 ー 三ツ山に捧ぐ 橿尾 正次さん作





先程のモノクロ空間から一転、色鮮やかな作品が窓いっぱいの光を受けた教室にどーん。

なにこれ?(笑



ふふーん、なるほど。わかった。

山かい? んで、この模様は棚田でしょ?

って、作品名見て結びついたんだけどもね(汁






Image010.jpg








隣の教室も。






IMG_0821.jpg









IMG_0811.jpg









単に和紙製ステンドグラスのようでもあり、しかしそれが昼と夜の光を表した色にも思える。


いや、そんな気がしただけですけどね。実際、アーティストさんの意図するところはわかりません。


すぐ横に橿尾さん居るわけですけどもね。訊くも答えるもそれはヤボってもんで。


まあ、お互い見つめ合ってるだけではナンなので(笑)少しお話をさせていただく。

印象的だったひとこと。

「これ、どうやって壊そうかなぁってそればっかり考えてるんです」



そうですよね、今日で最後なんです。終わったら明日、きれいさっぱり撤収するわけです。
んで、「壊す」とはどんな気分なのか敢えて訊いてみた。まず興味半分、そして同感半分を期待して。


「 壊すことに寂しさや惜しいというようなものはないです。そのつもりで最初から来たんですから。良いモノができましたし、ここに来た方が見てくれて感じてくれる。あのね、私もこの集落の人間のつもりで過ごしましたよ(笑)ねえ、美術のこんな在り方って面白いことですよ、うん。いやしかし暑かった 」




橿尾のおじさん、ちょっと寂しそうな目してましたけどもね(笑
いやもう、まさしくそのお言葉通りなんでしょうね。

あー、すんごく理解できるなぁ。
いやいや、私がなにを生意気言うかって感じですけどもね、でもね、花活けも同じですから、うん。







IMG_0824.jpg







この二つの作品と一体になってカセットプラントの光があって結果、この廃校の息遣いなわけですよ。
なんだか本間さんと橿尾さんの作品を脇役扱いしてしまったようで申し訳ないのだがけっしてそうじゃない。それぞれが景(ひかり)を映して、見事に影響しあってるもの。ここを訪れた者に囁きかけるもの。





  主人が50年前にお世話に成りました





このテにありがちな黒板への自由書き。
おもわず吸い寄せられる一文に足元がゆらぐ。



50年前。

お世話に成りました。



その時間。その存在。

妻有の持つそういう尺度から集落と学校の関係やら記憶懐景匂い色ひかり、つまり、この芸術祭のキモを一言で見事に。

・・・・・・突き刺さるねえ



「成りました」とはなかなか出てくる言葉じゃあないよ。

これを書いた奥様の、滲み出る教養と情緒にあやかりたいものだ。


妻が夫を主人と呼ぶのは嫌いだけどな(笑
だってさ、主従関係でも従属物でもねえんだしさ、深い意味のない慣用なんだろうけどどーも抵抗大なのだ、私は。







IMG_0794.jpg









美術ってのはスゲーもんだよなぁ。






 つづく








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