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地震

2007年03月28日 01:00

能登半島地震で被災された方々へお見舞い申し上げます。





高校2年の秋、初めてのソロツーリング。海沿いをあてもなく西へ。
なぜか浮かんだ「地面の先っちょへ行こう。そうだ、能登半島」



「輪島」という地名、その響きに私は特別な感情を持っている。


幼少時、強いお相撲さんがいた。輪島関。
私の名前にも「輪」が付く、それだけで子供心にも妙な親近感というか憧れを抱いていた。
クラスで取組み表があるくらい盛んだった休み時間の相撲ごっこ、しこ名は「三輪島」。
社会の教科書に載っていた「輪島の朝市」に至ってはロン・パリ・ローマと同格で密かに憧れの地でもあったな。


そんなんだから大きくなって初めて歩いた輪島の朝市は眩しいようなくすぐったいような、地べたにずらっと並ぶ野菜に魚に器に箸に民芸品、お婆ちゃんの笑顔とシワ。聞き慣れない訛り。とにかくその匂いまでも鮮明に記憶している。




サーフィンを始めて、私の中で能登の存在感はちょっと趣を変えつつもいよいよ増した。

それは波情報。

能登沖に浮かぶ舳倉島。ここの海上保安庁から発せられる船舶気象情報、特に風関係を朝昼晩とチェックしておくのは、インターネットやケータイなど無かった当時のローカルサーファー達にとっては日報代わりのものだった。海ともすっかりご無沙汰になっちゃった今でも電話番号ソラで言えるよ0767-5、、、ゴオ、、、えーっと、、忘れたわバカ。



輪島に「ホテル高州園」という宿がある。今は知らないけどその昔、画面から魚と大量の水が飛び出して頭から浴びる子供のびっくり顔が大笑いのコマーシャルがあった。「こーしゅうえん♪こーしゅうえん♪」っていう軽妙な歌もインパクト大なその旅館に泊まるのも当時は一種の憧れというか。
うん、初めて泊まった時はやっぱりちょっと甘酸っぱい気分だったな。



遊びで仕事で何度も訪ねた能登。やっぱり好きなんだな、能登。


ニュース映像に胸が痛む。




日曜日の朝。グラグラッときた時、またも私は大便中だった。
もう2年半も前になる中越地震、あの頃も大きい余震の時に限って大便中なんてのが何度もあってさんざんヤラレたものだったけど。。
狭い個室で地震はホント怖いです。いっこも慣れない。。




あの妙見の道が先週ようやく再開した。








myoken2.jpg







昨日通ってきた。

心の中で手を合わさずにはいられませんでした。




ガンバレ人間。



コメント

  1. コロンビー | URL | -

    ボクも輪島ファンでした。北の湖に負けたらそれは悔しかったなあ。

  2. みわ | URL | -

    とんねるずの生ダラ(だっけ?)のボケキャラが面白かったです。

    好きな食べ物は?
    「まぐろ!?」

    好きな女性のタイプは?
    「金髪!?」

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