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地震から一年

2005年10月23日 17:56

中越地震からもう一年か。
2004年10月23日土曜日。

早いもんだな。

その時 ”17:56”

自分の産まれた時間は知らないのに、こればっかりはなんていうか、特別な数字って感じだ。そういう映像でよく見るように、我が家の壁掛け時計もまさにこの時間を指して止まってた。変な話だが、そんな止まった時計を見て「ああ、本当にこうなるんだぁ」と妙に感心したものだ。だからというわけでもないが、震度の6や7といった数字よりも象徴的な数字として私の記憶に刻まれている。



さすがにあの余震では家の中で寝るのは怖く、かといって避難所へ行くのも気が進まず暢気にテント張って寝た。一晩中、地面に直で揺すられるあの感覚は忘れがたい。そうそう、星がやけにキレイだったことも印象に残っている。今にして思えば停電で街が真っ暗になったからなんだろうけど、なんだか複雑な気分で見上げていたような。誰もいない不気味な静けさの中で、空に映る赤い明滅とヘリの音だけが人間の存在を感じさせたっけ。


傾いた家々、崩れ落ちた塀や屋根。道路は波打ち割れ、余震の度に家の軋む音が響く。

どれほどの被害で、どういう状況なのかわからなかったが直後の街の様子を見るに、こりゃ生活が元に戻るのにどれほどかかるんだろうか、いや、元に戻ることが出来るんだろうかって思った。街が死んじゃったとさえ感じた。少なくとも「復旧」なんて言葉は想像もつかなかった。



「自然の脅威」なんてことを今さら言うのも愚かしいが、しかし人間の持つチカラも凄いもんだということを数日で実感した。地面も動き続けていたが人間も動き出していた。ひとつづつ、ひとつづつでありながらも確実に街は復旧していった。これは本当に凄いパワーだ。


私は長岡出身でもなければ縁もゆかりもない。ただの通過駅扱いでしかなかった長岡。それがひょっこりこの街に越してきて、なんだかんだ5年半。今じゃ、戻ってこいという人事命令を蹴ってまで住み着いちゃってる(笑

私はこの街が好きだ。長岡が大好き。
あんなことがあって、もっと好きになった。



  *  *  *  *  *



一瞬。一瞬で多くの尊い命が奪われ、さっきまで普通にあった生活が断絶される。
今でも仮設住宅暮らしを送る人々は9千人以上という。
復旧したかに見える日々も、実はそんなことない。いろんな場面に、全員に未だ影響がある。




がんばろう。


なんて簡単な言葉だろう。


それでも、やはりこの言葉しかないのだ。がんばるしかないのだ。

これからも、がんばろう。



そうして経った丸一年。
各地で様々なイベントが行われるという。

私も、仲間と黙祷を捧げる。


真っ最中にグラッとこなきゃいいけど(苦笑

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